【アトピーと家族関係】正論は相手を追い詰める☆うちの父親のアトピーの治し方

父親は昭和11年生まれで裕福な呉服屋の一人息子でした。

戦後間もない東京で、好きなだけ洋菓子を食べたり、小学校の帰り道に肉屋でボンレスハムを注文したりと、それはもう好き放題やっていたようです。

そのためアトピーという言葉がない時代から筋金入りのアトピーでした。
父が使っていたフルコートを母が私に塗るというのが私とステロイドの最初の出会いです。

自由すぎる父

この父がそれはもうフリーダムな人で、家族がどれだけ振り回されたことか。

金銭の浮き沈みが激しく、家族全員(父、母、子ども4人の合計6人、おばあちゃんは留守番)で1ヶ月ハワイにいったかと思えば、翌年には借金取りに追われ居留守を使う始末。

ガス・電気・電話が止まるのはしょっちゅうで、家に帰ったら電気がつかないなんてこともよくありました。

そうかと思えば北海道のかにシュウマイに惚れ込んで三越にお店出したり。
おかげである時期、来る日も来る日も毎日かにシュウマイを食べていました。

そのシュウマイを売っているところを何度も見たことがありますが、父が売り出すと巧みな口上に人が集まって、どんどんシュウマイが売れていきました。子どもながらになんであんなに人が寄ってくるんだろうと不思議でした。

次から次へと事業を興してはつぶし、ときどき大当たりする。そんな生活でした。

正論は痛い

その父が日々日課にしていたのがジョギングです。

そしてジョギングを続けるうちにアトピーがどんどん良くなり、父親だけ治ってしまいました。

そうしたら飛んでくる飛んでくる。「おまえもジョギングすれば治るのに」攻撃が。

攻撃といっても、もともと人格を攻撃してくるような人ではないので、ただアドバイス的に発せられた言葉なんだけど、私には全然聞きたくない言葉でした。本当に嫌だった。まったく走りたいと思いませんでした。

すぐそばに治っちゃった人がいるこのつらさ。ジョギングを否定しようにも治った事実があるので否定できない。それをできない私が怠け者のようで走る父の姿をみると心が痛かった。

正論って相手の首を絞めるんです。

気持ちを伝える大切さ

正論は言われると何も言えなくなるか、言い負かしてその言葉に勝利するか、だいたい相手にできるのはそれくらいです。

もちろん背景には娘を心配する気持ちがあったのでしょう。
ただ残念ながらその部分は伝わってこなかった。
そこを察してあげるほど、私も大人ではなかったのです。

だからこそ、やっぱり気持ちを伝えるのは大事だなと思います。相手を責めるためではなく、情報として「自分がどんな感情なのか」を伝えられたら、もう少し私たちはわかり合えるのではないでしょうか。

そんなこんなで思春期はお金の心配と親の離婚を回避するための仲介役にたくさんの時間を費やしてきました。

その後、父親とは絶縁したりといろいろありましたが、現在は毎日メールを交わす間柄です。
いまは素直にスゲー父ちゃんだなと尊敬しています。

そこに至るまでには機能不全家族で育った私自身の問題に取り組まないといけなかったわけですが、それはまたの機会に。




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